日本のはちみつの歴史

ハチミツと日本の歴史はとても古く、江戸時代には既に文献で蜂蜜は花の蜜から採れると記述されていました。

中国では明時代の薬学書に霊的な作用によって大便から蜜が生成されると説いていました。

日本の本草学者である貝原益軒はこれを全否定し、日本初の養蜂書「家蜂畜養記」の著者である久世淳行も同じく蜂が花の蜜から採れるものとして反論しました。

海外の学者の研究によると、1万年前には既に人類は採蜜を行なっていたようで、5000年前になるとエジプトでは巣箱を使って効果的に蜂蜜を採取する養蜂技術も始まっていたと考えられています。

 

日本では最も古い記述によると、日本書紀に奈良の大三輪山で海の向こうから来日した百済人が養蜂を行おうと試みるも失敗は終わったと残されています。

当時は三韓から貢物として蜂蜜が日本に献上されていましたが、平安時代になると国内産の蜂蜜を都に献上されていたという記述が残るほど。

 

その後、社会が安定し貨幣も流通するようになった江戸時代に入ってから、国内での養蜂が盛んになりました。

この頃はニホンミツバチによる採蜜が中心になっていましたが、明治時代に入り産業がさらに発展するとセイヨウミツバチを利用した養蜂も導入されるようになりました。